* 天まで届け   イノリ×あかね




俺は久し振りに得た一人の時間を持て余していた。
最近はあかねと出掛けてばかりいたのだが、今日は珍しく用事があるらしい。
それにしても迎えに行って断られるというのは相変らず慣れないものだ。
それが例え龍神の神子の務めの為だとしても、やはり気に食わない。
仕方のないことなのだと頭では理解しているのだけれど。
高く昇った陽は容赦なく俺に照りつけ、砂利道に影を色濃く残した。
 
 
「おやぶーん!」
 
 
聞き慣れた声に呼び止められて立ち止まる。
振り向くと、やはり予想通り。
砂埃に薄汚れた子供が後ろから駆け寄ってくるのが見えた。
相当の勢いで飛びついてこようとしたのを、慌てて振り向いて抱きとめる。
頭を掴んでこちらを向けてもその表情に反省の色はない。
 
 
「おいおい、不意打ちで突撃してくるなって。危ねえじゃん」
「親分の姿が見えたから思わず走って来ちまったんだ」
 
 
息を切らしている子分の頬はほんのりと朱色を浮かばせている。
泥がついた鼻の頭を手の平で乱雑に擦ってやると不快そうに眉をしかませた。
俺の手を嫌そうに振り払って、それでも輝く瞳で俺を見上げてくる。
 
 
「なあ親分! 今から暇か!」
「あ? おー、別に暇してるけど……なんかあったか?」
「今さ、皆で双ヶ丘にいるんだ。親分も一緒に来いよ!」
 
 
そう言うと子分は俺の腕をきつく掴んで再び駆け出した。
随分強引だな。俺は苦笑しながら、それでも引き摺られていく。
最近構ってやってなかったからな、たまにはこういうのもいいか。
俺は逆に腕を掴み返して、本格的に地面を蹴った。
俺が足で負けるはずないだろう!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
双ヶ丘に着くと見知った顔の子供ばかりがうろついていた。
皆、俺の姿を見ると一斉に駆け寄ってくる。
 
 
「イノリの親分!」
「最近見ないから心配してたんだぞ、親分!」
「悪い悪い! お前ら、元気そうで何よりだぜ。おらっこっち来い!」
 
 
背丈のまだまだ足りない子分達を腕で集め、全員を抱き締めた。
力を込めると抱き締められた子分達から苦しいと苦情の声が上がる。
それでも嫌がっている様子はない。
ようやく放してやると照れ臭そうな顔で皆それぞれの方向を向いた。
手近にいた一人を捕まえて、わしわしと頭を撫ぜる。
 
 
「で、お前らこんなところで何してたんだ?」
「おーそうだ! あのな、ちょっとこっち来てくれ!」
 
 
わーっ、と子分達が俺の背中やら腰やらを押し始めた。
あまりの多さに踏ん張りを効かせることもできず、ただ勢いに流される。
 
 
「ばっ、おい! そんなに押すなって!」
 
 
俺が上げた抗議の声もどこへやら。
そのまま押し続けられ、遂に辿りついたのは切り立った崖。
京の町が一望できる一際高くなっている場所だ。
到着した途端、俺の周りを取り囲んでいた子分達がぱっと体を離した。
見慣れない少年、たぶん新入りだろう、が俺の前にひょこっと顔を出す。
 
 
「あのな、こっから叫ぶと龍神様が願いを聞いてくれるんだってさ!」
 
 
不思議に思って振り向くと、どの子供達も口々に同意を示している。
 
 
「願いを?」
「俺達の中じゃ随分流行ってんだぜ。実際叶った奴も多いんだ」
 
 
そう言われて眼下に広がる京の町を眺めた。
確かにここから叫べば、町を守護する龍神にも願いが届くような気がする。
何よりも空は手が届きそうなほど近い。
空と町との境目がちょうどここだ、と言われれば迷わず信じるだろう。
俺が呆けていると、次々に子供達が俺の隣に並び始める。
一直線に並んだ子分達の姿は圧巻だ。
そのうちの一人がすう、と息を吸って。そして。
 
 
「腹いっぱい飯が食いてーーー!!!」
 
 
そう力いっぱいに叫んだ。
木霊さえ返ってくることはなく、その叫びは空へと消えていった。
叫んだ少年が俺の方を見上げてにこりと笑う。
 
 
「な、こうやってやるんだ。大きければ大きいほど龍神様に伝わるんだぜ」
 
 
その少年の叫びを皮切りに、続々と叫び声が続く。
ある少女は金銭のこと。ある少年は家族の健康のこと。
様々な願いが飛び交っている中、ひとつの声が俺の鼓膜を一際大きく揺らした。
 
 
「好きだーーーーーーー!!」
 
 
驚いて目を凝らせば、少年が真っ赤な顔でそう叫んでいた。
叫び終わったあと、照れ臭くなったのか一直線にこちらへと向かってくる。
俺の腰に飛びついて、赤く染まった顔を押し付けて。
 
 
「恋の願いか?」
 
 
他の子供達には聞こえないように、そっと小さく囁いてやる。
恥ずかしそうに少年は首を縦に振った。
 
 
「叶うといいな」
 
 
笑って頭を手で軽く叩いてやると、潤んだ瞳で少年が俺を見上げてくる。
 
 
「親分も」
「え?」
「親分も好きな奴……いないのか?」
 
 
咄嗟に浮かんだのはあかねの顔だった。
灼熱しそうな頬を慌てて袖で隠し、少年の顔を無理矢理手で背けさせる。
 
 
「ばっ、馬鹿言え! 何だよいきなり!」
「あのな、ここって縁結びの願いが一番効くんだ。今までに叶った奴も多いんだぜ」
 
 
俺の手に押されながら、それでも真っ直ぐな視線で俺を見つめてくる。
子供ってのは案外勘が鋭いもんだ。もう、恐らく気付いているのだろう。
こんなことを気付かれてしまうなんて。俺は思わず頭を抱えた。
気がつけば、暴れていた俺達の傍には何人かの子分達が集まってきている。
親分は叫ばないのか? そんな視線で俺に訴えかけてくる。
勿論俺の腕の中の少年も。
 
 
「お、俺は別にやんなくたって!」
「あ、イノリの親分恥ずかしいんだな?」
「叫ぶの恥ずかしいんだな!」
 
 
挑発されるように笑われて、不覚ながらもむっとする。
それが作戦だとは分かっているが、ついつい乗ってしまう俺もまだまだ子供だってことなんだろうな。
でも、売られた喧嘩を買わずに逃げるなんて男が廃る。
俺は群がってきた子供達を腕で振り払うと、崖の頂上に立った。
すっと息を吸う。
高い高い空の向こう目掛けて、大きく強く。
 
 
「あかねーーーー!! 好きだーーーーーーーーー!!」
 
 
途端にわっと囃す声が背後から聞こえる。
羞恥に震える息を落ち着けながら、俺は空に向かって腕を突き上げた。
熱い頬のせいで、振り向くことはまだ出来なかったけれど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
後日。
あかねがイノリと顔を突き合わせる度、あまりにも顔を真っ赤にするので。
不思議に思った詩紋が藤姫に尋ねてみると。
 
 
 
 
「さあ……それが分からないのです。
神子様ったら、双ヶ丘の散策からお帰りになってからずっと様子が変ですの」
 
 
 
 
 
それは龍神の悪戯だったのか。
イノリの願いが通じたのか。
いずれにせよ、二人がその日のことを互いに知る日はまだまだ先のことなのだった。
 
 
 
 
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