* 絡めとる   翡翠→友雅





春は桜が咲き誇る。
我が物顔で、まるで今は私の季節だと言うかのように。


「そこまで自己主張されるのも趣はないけれど」

指先で神子殿から送られてきた文に添えてあった桜を玩ぶ。
花がヒラリと枝から離れ、床に落ちる。
白い花弁は力なく床に力なく横たわり、しばらくすればそのまま潤いを失くすのだろう。

拠り所をなくすことで、力を失うその様。

今までに渡ってきた方を思い出さし、そして忘れさせる。
彼女等は、この花よりも強いからまた新しい拠り所をみつけ可憐に咲くから。


「友雅。何を思い悩んでいる?」

自分を呼ぶ声にふと顔を上げる。翠色のサラリとした髪がまず目に入った。
似ているようで似ていないこの男。血縁者と偽って橘の邸に入ってきたらしい。
あまりにも似ているから、誰も疑うことなく入ることができた、とか。

「何用だ翡翠。君には部屋を用意しただろう」

翡翠はそもそも誰かと聞けば、伊予の海賊であり八葉である、と名乗った。
妙な話を、と真に受けることはしなかったが信憑性が高すぎてただ疑うことも出来なかった。
そもそも、我等が神子殿も遠く未来の異なる世界から来たというのだから。

仕方なく邸を与え、自由にさせてみることにしたところ、
早速女性の家を渡り歩いているようだった。
…普通の人間なれば帰る方法を探す事に尽力するだろうに。

「そうは言ってもね…ひとり知らぬ世界、不安で仕方ないのだよ」
「戯言を。愉しそうに女性と遊んでいるのを耳にするのだが」

翡翠は、クッと笑った。

「はは。嫉妬かい?」
「かもね」

翡翠の相手が面倒になって背を向け、開けたまま置いてあった神子殿の文を読むことにした。
物忌みの御召だろう。神子殿らしい愛らしい文字に目が細まる。

可愛い人だな、と思う。
此処とは異なる所からきて、選択の余地はない選択をさせられ気丈にも神子をこなしている。
そんな彼女に手を貸したい、と思わぬ者がいるのならお目にかかりたいものだ。

「おや。可愛い文だね」

「…覗き見るとは素晴らしい趣味だな」
「私の神子殿と似た綴り方だね。あかね殿と同じ世界からきたのかもしれぬな」
「…どこで神子殿の名を知った」
「ふふ。秘密。至る所で龍神の神子殿のお噂を耳にすることがあるのでね」

一つ溜息を吐いて、ジロリ睨む。
翡翠はニコリと笑った。

その顔を見て、この男を神子殿に会わせたくないとだけは思った。


「ところでそれは桜かい?」
「…あぁ」

ふと先ほどの桜に目をやる。
文机の上に置いたままで、先ほどよりも萎れているのが目に入った。

少しだけ憐れに思って水に挿すか、と手を伸ばす。



ガタリ、と几帳が倒れるのが目の端に映った。

伸ばした腕が翡翠にとられる。

「離せ」
「不機嫌な顔も可愛いね。けれどそれはもうそのまま終わらせてあげなさい」

それ、と桜に翡翠が目をやる。

「君の目を楽しませたなら、もう十分だろう」
「十分かどうかは私が決める」

手を振り払おうとするが、存外に強い翡翠の力が邪魔をする。
むしろ掴まれた腕が痛いくらいで。

いやそれより。

この男はこんなことで何を本気になっているのか。

「離せ」
「…おや。怖い瞳をするね」

どこまでもカラカラと楽しそうな翡翠にイラッとして無理矢理に手を外す。
何故この男に追い詰められねばならないのか。
年も変わらぬこの男に。

神子殿の文をとり、まだ愉しそうに笑っている翡翠を一瞥し自分の部屋を後にした。







「可愛いものだな。少し揶揄するだけでああも揺らぐか」

ふと文机の上の桜を手に取る。
覇気をなくした花は、世辞にも麗しいとは言えぬがこれはこれで。
拠り所を失い、密かに逝くのだ。可愛いじゃないか。


けれど彼は、まだそれを生かそうとした。
望まぬものに望まぬ生を与える必要はないだろうに。

「…我ながらおかしいか。ここまで気になるなんて」


最初は只、自分と似ていると聞いたから。
しばらくするうちに彼の噂を聞いて、自分と接する時の彼との差を面白く思った。



似ているようで似ていない人間。

もし龍神の気まぐれで此処に落とされたというのなら、存分に愉しんでやろうじゃないか。
とりあえずの愉しみは、翠色の波打つ髪のあの男。

「退屈はしなさそうだな」



簡単に捕らえられないでいておくれ。
ギリギリまで逃げさせて、疲れた頃にその髪を掴んで引き寄せよう。

諦めて、この腕に収まるしかないのだと判らせるまでが愉しいのだから。



手の中の桜を、橘のさしてある花瓶に挿す。
二輪の花が並んで咲いている。少し萎れて。

最後にそれらを眺めたあとに、同じ香りの香をまとった男を追った。
何処にいるのだろう。


浮かれた心がひどく愉しい。




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