イノリは先程から何やらうんうんと唸っている。
私が何度か話し掛けても上の空で、極たまに生返事を返してくるだけ。
どうせまたくだらないことでも考えているのだろう。私のあれは。
カップの中の冷めかけた珈琲を空けて、キッチンへと向かった。
コーヒーメーカーから熱い珈琲を注ぎティースプーンで混ぜて。
「あっ!」
そんなとき、突然背後でイノリが声をあげた。
全く、深夜なのだから静かにしなさいと常日頃あれほど言い聞かせてあるというのに。
カップとソーサーを手にして私はリビングへと戻る。
棚の上の置時計の針は11時55分を指している。
「悩み事は解決したのかな?」
テーブルにカップを置いてそう尋ねると、緋色の瞳がぱっとこちらを向いた。
小さな唇が何か言い掛け、そして、またすぐ閉じられる。
しばらく見つめていると、まあ随分ころころと表情が変わるものだ。
小刻みに頷いて再び口を開き掛けたかと思えば、頭を抱えて髪をくしゃりと掻き回す。
また意を決した様子で身を乗り出したかと思えば、意気消沈したように椅子へと沈み込む。
そんなことを何度も繰り返して。
勿論このまま微笑ましく見続けていても構わないのだが、
果たして何をそんなに悩んでいるのだろう、
と。
そちらの興味の方がそそられてしまったものだから。
何度目かでイノリの乗り出しかけた身を、片手で制した。
「はい、ストップ」
突然制止を掛けられ、不満そうな表情でイノリは再度椅子へと腰を下ろした。
「なんだよ」
「それはこっちの台詞だよ。一体さっきから何がしたいんだい?」
「そ、れは……」
そう言うとイノリはまた黙り込んでしまった。
やれやれ。子供のやることとは分からないものだ。
私は問いただすことを諦め、カップの淵に口をつける。
「……あ、あのなっ」
そして傾けようとしたところで、イノリの声がした。
カップを置き、さて今度は話してくれるのだろうかと見つめてみる。
イノリは手元をせわしなくもぞもぞと動かしながら、それでも今度こそ口を開いた。
私の目を真っ直ぐに見つめて。
「俺、友雅のこと……だ、大っ嫌いだ!」
「……は、あ?」
いきなり何を言うのかと思えば。
呆れ返っている私をよそに、イノリは何故だか満足気に笑顔を作っている。
や、笑われてもね。私は一体どう返事をすればいいのだか。
意図が読めず、仕方ないので返事を一度保留してイノリの観察に努めることにした。
何処となく頬が染まっているのは私の見間違いだろうか。
しかし、頬を染めるような内容では……
そこで思い当たった。
棚にあった置時計に、ふと目をやる。
「……イノリ」
「あっ、なんだよ。へへっ、もしかして本気で騙され」
「もう、日付が過ぎているよ?」
え。と少年は目に見えて硬直した。
私は視線で時計の方を促してみる。
時刻は4月2日、午前0時3分。
そう、嘘をついても許される日はもうおしまい。
イノリは大きな瞳で長針と短針を眺めると、取り繕った笑顔でこちらを向いた。
勿論、私も笑い返す。
この上ない最上の笑みで。
さて。
嫌いと言われた分、どれだけ仕返しをしてやろうか。
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