* フール・エイプリルフール   イノリ×あかね




「こっちがいいかな……うーん、それともこっち」
 
姿見の前で、あかねは両手に持った服を交互に体に当てながら唸っていた。
春とはいえ、未だ肌寒いこの時期。
薄紫のワンピースでは少し薄着過ぎるかもしれない、と思う。
しかし、お気に入りのコートはクリーニングに出してしまったばかりだ。
上からカーディガンを羽織ればどうにかなるだろうか?
あかねはそっと溜め息をついた。
なんでお洒落な服って寒いんだろう?
 
 
 
ピリリリ
 
 
 
「っと」
 
服を腕に引っ掛けた状態で、あかねは鳴り響く携帯へと手を伸ばした。
表面の小さなディスプレイがちかちか光っている。
開いてみると、液晶に映し出されているのは見慣れた人の名前。
 
 
 
 
 
 
差出人:イノリ君
 件名:悪い!
 
本文:今日の約束無理になった。
   いきなり他の用事が入っちまったんだ。
   俺の方から出掛けようって誘ったのに、ごめんな;
 
 
 
 
 
 
あかねは内容を読み終えてから、きょとんと目を見開いた。
続いて、僅かに眉を寄せながら再び文面を入念に読み返す。
何がおかしいんだろう。
このメールから何かとてつもない違和感を感じるのは、何故だろう?
そうして暫し考え込んで、やっとその違和感の原因に思い当たった。
切欠はディスプレイの右上に小さく出ていた日付の文字。
 
4/1
 
あかねは思わず小さくふき出した。
そうか、今日はあの日だったのか。
笑いの発作が治まると、ようやくあかねは携帯を耳に当てる。
プルルルル。プルルルル。
2コール鳴らしたか鳴らしていないかというところで、受話器のとられる音が聞こえた。
 
『もしもし』
「嘘つき」
『おいおい、どうしたんだよ藪から棒に』
 
そのイノリの声が微妙に笑いに震えていたものだから。
あかねは確信を持って本題を切り出した。
 
「今日来られないって、嘘でしょ?」
『なんだよ、なんで分かったんだ?』
「だってイノリ君がドタキャンだなんて珍しいし……
 それに、するならするで理由書くでしょ? いつもは」
『っあー、そうか! 詰めが甘かったか!』
 
電話越しに聞こえる元気そうな声に、思わず顔が綻ぶ。
嘘だとは分かっていてもやはり少しは気になっていたのだ。
今日の約束を本当にキャンセルされてしまうのではないか、と。
つくづくエイプリルフールとは心臓に悪い日だ。いいことなんて何も無い。
あかねは痛感した。
ベッドに腰掛けると、布団に身体が沈み込む。
 
「大体イノリ君、今何処にいるの?」
『お前の家の前』
「……ええぇええぇぇぇえ?!」
 
ベッドに沈めていた身体を慌てて叩き起こした。
 
「待ち合わせ時間、まだ先だよね!?」
『おう、でも待ち切れなくって早く来ちまった!』
 
おそるおそる窓から顔を出してみる。
今度ばかりは嘘ではなかったらしい。
あかねの目に、呑気な顔で手を振っている赤髪の少年の姿が飛び込んできた。
何気なく手を振り返そうとして、はっと気付く。
自分の今の姿が鏡に映っているのが目の端に見えたからだ。
腕に服を下げたまま、パジャマ姿でいる自分の姿が。
あかねは急いでカーテンを閉め切ると、大慌てで携帯を放り出した。
もう服装に悩んでいる余裕などあったもんじゃない。
手にしていたワンピースに身を包み、カーディガンを急いで羽織る。
あらかじめ髪型をセットしておいて本当に良かった。
姿見の前でくるりと一回転しながらあかねは思った。
なんだかんだで納得のいく格好に納まったのではないだろうか。
よしっ、とひとつ気合いを入れて。
バッグと、それから放り出した携帯を持ってあかねは家を飛び出したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「よお!」
 
呆れるほどあっけらかんとした調子で、イノリは手を上げた。
あかねはむすっとした表情でイノリに近付く。
そのまま沈黙。手を上げたまま固まる少年。
返事も返さないあかねの態度に、イノリは怪訝そうに首を傾げる。
 
「お、おい。どうしたんだ?」
 
俯いているあかねの表情は見えない。
暫くの間の後、ぽつり。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「イノリ君なんか嫌い」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その瞬間、まるで辺り一帯の時が止まったかのようだった。
 
「……え?」
 
あかねはそれきり何も言わず黙り込んでいる。
やっと状況を把握したイノリは、焦った様子でただおろおろとするしかない。
あかねは未だ俯いたままだ。
表情を読もうと覗き込んでみても、ふいと顔を背けられる。
いよいよイノリはどうすることもできず、わたわたと辺りを見回し始めた。
 
「お、俺、何かしたか!?
 嘘ついたのはごめん、悪かった! 嘘ついていい日だって言うからつい調子に乗っちまったんだ!
 あ、それとも来て迷惑だったか!? 俺あかねの邪魔しちまったかな?!
 でも、ただ俺お前に早く逢いたかったんだ! それだけだったんだ、ごめん!」
 
ぱっ、とあかねが顔を上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イノリの鼻先に、あかねの満面の笑み。
 
「嘘」
「……へ?」
「イノリ君にやられた分、嘘、つき返しただけ!」
 
 
きょとん、と目を見開くイノリの表情があまりにもおかしくて、可愛くて。
 
 
 
 
「イノリ君、大好き!」
「……それも嘘、か?」
「嘘!」
「それも嘘だろ?」
 
ひとしきり笑った後、二人は額を突き合わせて。
嘘偽りない、確かな熱だけを共有した。
 
 
 
 
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