「さみー!! 天真、まだか?!」
「俺だって寒ィよ! 仕方ねえだろ、列が動かねえんだから!」
パーカーを羽織った体を自らの腕で抱き締めて、イノリは少しでも体を温めようとぴょんぴょんと飛び跳ねる。
しかし結果は、動いた体が風を切って服の隙間から吹き込んでくることになった。
あまりの寒さに言葉を失い、イノリは小刻みに震えながら小さく背筋を丸める。
「うう。やっぱ外なんか出なきゃ良かったぜ」
そう呟くイノリの頭を天真が拳でぐりぐりと押し潰す。
「お前が出たいって言ったんじゃねえか!」
話は遡ること三時間前。
「俺、除夜の鐘が突きたい!」
それまで何食わぬ顔でみかんを食べながら紅白を見ていたイノリがおもむろに立ち上がり、突然天真にこう言い放ったのだ。
思わず呆れた表情を返すと、むっとした顔をしてイノリが天真の首根っこを掴む。
「なあ、行こうぜ天真。寺ー、寺ー」
「なんでいつもいつも急に言い出すんだよお前は! 大体、年明けてから初詣行くんだろ?
何が悲しくて年の瀬まで線香臭くならなきゃなんねえんだ」
「いいじゃんか別に! 天真もちょっとは煩悩打っといた方がいいんじゃん?」
一通り天真がイノリを苛めた後(それはもうあんな方法やこんな方法で。所要時間一時間)、
二人は手に届く範囲の服をありったけ羽織って家を飛び出した。目指すは少し遠方の鐘突堂のある寺。
徒歩で行ける近所の寺には残念ながら肝心の鐘が無いのだ。
だから天真は愛用のバイクの後ろにイノリを乗せて、冬空の下エンジンを掛けた。
しかしいざ到着してみると。
除夜の鐘を突きに集まった親子連れ、カップルで寺内はごった返していた。
イノリが寺に行こうと思い立つ遙か前から彼らは計画的に並んでいたのだろう。
というわけで、吹きさらす北風の中一時間立たされ続けている二人の冒頭の会話に戻るというわけである。
赤く冷えた指先を擦り合わせながら、イノリは天真の隣に立っている。
天真はすらりと伸びた背を活かして前方を眺めてはみるのだが、どうも列はまだまだ長そうだ。
慌てて出てきたため腕時計をしてくるのを忘れてしまった。
現在時刻すらもわからず、苛々と髪をかき上げる。
そして、遂に。
「あー、駄目だ。俺もう無理」
天真がすっと列から抜けた。イノリは驚いてその姿を目で追う。
手を伸ばして引き戻そうとするのだが、天真の姿はあっという間に人波に飲まれて消えてしまった。
「お、おい! 天真!」
「すぐ戻るから並んで待ってろ!」
ざわつく人混みの中にその言葉だけが微かに聞こえて、イノリは追いかけることすらできない。
ただ、この他人の海の中に一人ぽつんと取り残されてしまったことだけは分かる。
周囲の喧騒も何故だか物悲しく感じ、寒さが一層身に堪えた。
天真、呆れちまったかな。
イノリは足元の小石を軽く爪先で蹴った。
その石は思いがけず勢いよく転がり、前に並んでいるカップルの片割れにぶつかった。
男の方がぎろり、とイノリを睨む。
慌ててイノリは頭を下げるのだが、なんだか虚しいな、と思った。
さすがに我侭言い過ぎちまったかな。
イノリが鐘を突きに行きたい、と言い出したのには訳があった。
煩悩を払いたい、等という堅苦しいものなどではなく、ただ天真のバイクの後ろに乗せてもらいたかったのだ。
京にいる頃から天真はずっと乗せてやると口約束をしてきたが、タイミングが悪かったせいかその約束が今まで守られたことはなかった。
今までに乗せてくんなかった天真が悪いんだ。
イノリは自分に言い聞かせる。
しかし、再度落ち着いて自分に問いかけてみると、やはり自身は俯いたまま首を振るのだ。
お前が悪い、と。
「……天真」
やはり呆れて行ってしまったのだろうか。行ってしまったとしたら、何処へ?
手を擦り合わせる。冷たい手同士をいくら擦り合わせても、温かくなるどころか悲しくなってくる。
仕方なくイノリは彼の名前を小声で呟き続ける。
「……てん」
ぴたり、と。
俯いたイノリの頬に温かいものが触れた。びくっと体を跳ねさせてイノリがよろよろと振り返る。
「う、お!?」
「そんな顔で俺を呼ぶなよ、照れ臭いだろうが」
ん、と天真が紙コップを差し出す。中からは湯気が立ち昇り、温かそうな甘酒がなみなみと注がれていた。
イノリは両手でおそるおそるそれを受け取り、一口含む。
たちまち体の芯が温まり、思わずほうと息をついた。
隣を見上げると、先頭を見据えている天真の顔。
「あー、ちゃんとお前まで順番回ってくるかな。折角だから突かせてやりたいんだけどさ」
イノリは声を殺して、喉の奥でくすりと笑う。
本当は鐘などどうだっていいのだ。
しかし、そんな天真に愛しさが急にこみ上げて来て、耐え切れずイノリは天真の腕にぎゅうとしがみついた。
突然飛びついてきたイノリに戸惑いの表情を向けながら、天真は頬をほんのりと赤く染める。
「ばっ、いきなり何の真似だよイノリ!」
「別になんでもねえよ!」
列が進むのは牛歩並。そして恐らく、イノリの番まで鐘突きが回ってくることも無いだろう。
それでも、甘酒を片手に。天真の腕を片手に収めて。
これ以上幸せな年越しはない、と。イノリは大真面目に思うのだった。
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