台所に立つ後姿をぼうっと眺めながらイノリはリモコンを宙に投げて弄んでいた。
この日はどこのチャンネルもろくな番組を流していないとはわかっているのだが、どうしてもテレビの電源を落とすことができないのは何故だろうか。
叫ぶだけの五月蝿い芸人の声がスピーカーを通してやかましく流れ出してくる。
大晦日独特の雰囲気のせいだろうか。何故だか蛍光灯の照明までも薄暗く感じる。
何となく落ち着かない気分で、炬燵の中でそわそわとしながらイノリはキッチンへ声を掛ける。
「あかねー、なんか手伝うぞ」
「大丈夫、もうちょっとでできるから座って待ってていいよ」
そうは言われたものの。
一人の時間をうまく使えずに、イノリはやはり炬燵の中でそわそわと身を動かすしかない。
炬燵の上に置いてあったみかんの入った籠はあかねの手によって下げられてしまっている。
先程までイノリはみかんの皮の表面に油性ペンで顔を描いていたのだが、それも半ばで終わってしまった。
年越しの後には必ず目を入れてやろうと心に決めている。
指先は跳ねたインクで真っ黒だが、そんなことはもうどうでもいいのだ。
駄目で元々、と手にしたリモコンでチャンネルを次々に回してはみるのだが寺の映像やルールの全く分からない格闘技番組ばかりで興味が沸かない。
仕方なく歌番組をつけてみるのだが、こちらも何となく間が抜けた感じで演歌を垂れ流しているといった様子。
イノリは眉間に皺を寄せ、遂にリモコンを床に投げ出すとキッチンへと向かった。
キッチンではあかねが菜箸を持って鍋に向かい合っている。
そんなあかねの肩に顎を乗せるようにして後ろから抱きついた。
不意の刺激にあかねがびくんと背筋を震わせる。
慌てた様子で振り返るあかねにイノリは悪戯っぽく笑い掛けた。
「ちょっと、イノリ君! 驚かせないでってば!」
「だってさ、さっきからお前キッチンに入り浸りじゃん。待ちくたびれちまったよ」
「もー。換気扇ついてるからちょっと冷えるよ? ここ」
確かに、フローリングの床はひやりと裸足の足を冷やした。
イノリはもう少しだけ肩口に深く顎を乗せて、あかねの頬に自分の頬を擦り寄せる。
冷えた足とは違い、火に向かっていたせいかあかねの頬は温かくて心地良い。
「大丈夫だ、あかねがあったかいからな」
あかねはその言葉を聞くと照れ臭そうに唇の端に笑みを浮かべた。
「ずっと待たせちゃっててごめんね。お腹空いちゃったでしょ?」
「大丈夫だ。俺、なんか手伝うぜ。なんでも言えよ」
「じゃあお箸とかコップとか出しておいてくれると嬉しいな」
おう、と嬉しそうに返事をしてイノリは冷蔵庫へと駆けていく。
肩越しにそんなイノリの姿を見てから、あかねは微笑んで鍋をかき混ぜた。
もう天ぷらはすっかり揚がっているし、後はこの麺さえ茹で上がれば年越し蕎麦の準備は万端だ。
あかねは鍋の中の麺を一本だけ箸で摘み上げて口へと運んだ。
よし、大丈夫。
丼にしっかり水切りした蕎麦を盛ってつゆを入れて。
海老の天ぷらをあかねの方には二本、イノリの器には三本乗せて。
「イノリ君、お蕎麦できたよ」
湯気の立った丼を手にしたままあかねが振り返ると。
イノリが冷蔵庫の扉を手で押さえたまま、伊達巻の切れ端を口に咥えているのを目撃してしまった。
真正面から視線が合った二人は暫し、固まる。
若干の間。
「……こらー! イノリ君、それは年が明けてからだって散々言ったじゃない!」
「わわわ悪かったって! ちょっと味見しただけじゃんか!!」
「味見って量じゃないでしょそれ! あーあ、結構減ってる。もー、つまみ食いしないの!」
他愛ない口論を交わす二人の家の外で、何処かの除夜の鐘が鳴り響く。
つけっぱなしのテレビからは相変らず歌が流れ続けている。
年末くらいは静かに、だなんて。そんな淋しいことは言わない。
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