イノリ君はさっきからボールペンを片手にうんうん唸っている。
私はそんな彼をテーブルの向かい側から頬杖をつきつつ眺めているのだが、何せ朝からこの調子なので退屈で仕方がない。
だってイノリ君ってばさっぱり私に構ってくれないんだもの。
彼の右側には葉書の山。彼の左側にも葉書の山。
「イノリくーん」
返事はない。ただ苛々したように手近にあったメモ用紙にがりがりと円を書いている。
どうやらボールペンが出なくなったらしい。
イノリ君の筆圧が強過ぎるせいでペン先がすぐ駄目になってしまうのだ。
私は再び新しいボールペンを彼に差し出す。
彼は生返事をしてそれを受け取り、またしばし目の前の葉書にかぶりつく。
私はまたつまらない気分になる。
「イノリ君ってばー」
「なんだよ」
不機嫌そうな声。それでも返って来ないよりは幾分かマシだ。
私も負けじと不機嫌な声で返す。
「あとどれくらいで終わる?」
「もうちょっとだ」
「もうちょっとってどれくらい?」
「……もうちょっとはもうちょっとだ」
ぱさ、とイノリ君が今まで書いていた葉書を床に置く。
それと同時に新しい葉書を手に取り、またうんうん唸り始めた。
葉書の山に埋もれるイノリ君を見やりながら、私は冷めかけたココアをまた一口啜る。
恐らくイノリ君のカップもすっかり冷めてしまっただろう。
一発で書かないと男が廃る、と下書き用鉛筆の受け取りを拒否してから早二時間半。
私はイノリ君が持っている葉書こそが最後の一枚だということを知っていた。
そしてそれが程なく無くなることを。
「あ」
彼が声を上げたのて、私はくすりと笑ってハンガーに掛けてあったマフラーを下ろした。
そして、イノリ君の周りに散乱している書き損じ葉書を両手で掻き集める。
彼はうなだれた様子でダッフルコートを羽織り始めていた。
その姿を見てまた可笑しくて笑い出したくなる。
「天真のとこに年賀状出すのやめようかな」
「きっと出したら喜ぶよ、天真君も蘭ちゃんも」
「やっぱあかねの葉書に連名させて貰えば良かったぜ」
「ふふ。来年はそうする?」
「……いや、悔しいからやっぱり頑張ってみるわ」
イノリ君はスニーカーを履いた爪先をとんとんと床で打ち鳴らすと、玄関の扉を片手で開きながら私の手を取ってくれた。
私も応えるように握り返して。
イノリ君の手はいつ握っても温かい。
イノリ君は私の手をいつも冷たいと言いながら擦ってくれる。今日もそうだ。
玄関を出て。二人で鍵を掛けて。
「書き損じ葉書の交換、確か一枚五円だよね」
「千円札持ってっからなんとかなるんじゃん」
「じゃあ余ったお金で何かあったかい物でも買おっか」
返事の代わりに彼は強く一度私の手を握った。
握り返しながら私は今度こそ、この可愛い彼に温かいココアを飲ませてあげたいと思った。
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